西生浦城ソセンポ城)

韓国名  西生浦倭城(서생포왜성)

史跡指定 蔚山広域市文化財資料第8号

所在地  蔚州郡西生面西生里711

築城年代 文禄

築城者  加藤清正

主な遺構 石垣、天守台、虎口、登り石垣、土塁、堀

【概要】

西生浦倭城は、文禄・慶長の役の起きた年の翌年である1593年5月から、日本の将軍加藤清正が指揮し、石で積み上げた16世紀末の日本式の平山城であ る。  回夜江河口の小さな浦を抱え、標高133mの山頂に内城を築き、東側の傾斜面を利用し、複雑な構造の2段、3段の副郭を築き、その下に、山の下まで徐々に 長くて広くなる外城を配置した。城壁の外には2重、3重のに壕を置いた。城郭の全体面積は壕を含め、151,934㎡に至り、壕を除く城外郭部の長さが約2.5km、平面上の直線距離は東に約870m、南北に約370mに達 し、南海岸各地に散財する倭城のうち、最も雄大である。現在山頂には、高さ約5mの天守台が残っており、城の内外部には多数の井戸の跡地が確認されている。

(現地案内板より)

 

【現状】

案内板:あり

トイレ:あり